A
家を飛び出してから、俺はどうなったか。
幸運にも、俺はそれなりにモテたから、生活に困らなかった。
甘い言葉をかければ、大抵の女はオトせる。勝手に貢いでくる。
そうして今まで何人の女を渡り歩いたのか判らない。
女は肉体的快楽を与えてくれた。
でも、俺が本当に欲しいものはくれなかった。
欲しいものをくれる相手―答えはすでに見つけていた。
ただ、その人はもう俺の傍にいないから、欲したところで満たされないことは判っていた。
付き合う女はぜんぶ年上だった。無意識のうちに、年上の女に、兄さんを重ねていたのかもしれない。
「愛してるわ。伍葵」
膝枕で横になっている俺の髪の毛を撫でながら、女が言う。
「判りきったこと言うなよ」
俺はそうしていつも曖昧な返事をする。
お前に好かれても嬉しくない。俺のこと何も知らないくせに。
兄さんが出て行ってから6年が過ぎた。
今、どこで何をしているんだろう?考えたところで状況が変わるわけでもない。
逆に切なさを助長するだけだ。
想う気持ちだけが募った。
**
ある日、人だかりになって話しているのを見かけた。
東天伎にいれば誰でも知ってる、東天伎武術学校。
そこに極闘という最強の奴らがいる、ということだった。
戦乱が近くなれば、強いやつらがもてはやされる。
あまり縁の無い話かとその場を立ち去ろうとしたところ、俺の耳が聞き覚えのある苗字を拾った。
刀神の「滝山」と。
「おっさん、今何て」俺は見知らぬ男に訊ねた。
いきなり強い調子で訊ねられた男は、少し驚いて答えた。
「お?あぁ、刀神の滝山だが・・・何でも半端ねえ刀の使い手で、えらく美人なんだそうだ」
俺は雷でもくらったかのように、衝撃を受けた。
滝山という苗字はそういない。でも別人かもしれない。
・・・それでも、俺は望みをかけてみたいと思った。
**
俺は一年間、修行に励んだ。
兄さんはきっと何年も修行を重ねて、東武に入ってあんな異名をつけられるほどの力を得たに違いない。
俺が兄さんに追いつこうと思うなら、中途半端な努力じゃだめだ。
生半可な覚悟で挑むのはカッコ悪いし、何より兄さんに対して失礼だ。
どうせなら、入学だけじゃなく極闘に入ってやる。
俺だって、やるときはやるんだぜ。
俺は晴れて東天伎武術学校に入学できた。
修業の成果あって、実技は満点に近い点数を取った。
逆に、手をつけてなかった筆記はほぼ全滅だったが・・・。ま、結果オーライだ。
しかも運がいいことに、あの極闘に入ることができた。極闘は例年三人くらい採るらしいが、どうやら今年は俺以外に見合うやつがいなかったらしい。
**
入学式の日、俺は期待に胸を膨らませていた。
やっと兄さんに、会える。
混雑する人ごみの中。俺の眼は、黒髪の、黒紋付を着た人間をとらえた。
中性的な顔のつくり。少しつり上がった眉。
・・・間違いない、兄さんだ。
「兄さん!!」俺は咄嗟に叫んでいた。
やがてその人は緩慢な動作で俺の方を振り返る。
そして俺を見て、眉根を寄せて言ったひとこと。
「誰だ、お主は」
俺が会いたくて会いたくてたまらなかったその人は、俺の名前を呼んではくれなかった。
←戻る/続く→